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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)135号 判決

原告 協同住宅ローン株式会社

右代表者代表取締役 赤羽昭二

右訴訟代理人支配人 内山準之助

右訴訟代理人弁護士 江頭幸人

被告 伊藤秋男

右訴訟代理人弁護士 片桐勇碩

松川正紀

主文

一  被告は、原告に対し、金二六八万〇〇七八円及び内金一〇七万九九〇八円に対する平成二年七月一九日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文一項同旨

第二事案の概要

一  原告が、被告に対し、消費貸借契約に基づき、貸付金等の返還を求め、これに対し被告が後記売買契約無効の抗弁を主張し右支払いを拒んでいる事案である。

二  請求原因(1ないし3の事実は金員交付の点及び計算関係を除き争いない。金員交付の点は後記認定のとおり、計算関係は弁論の全趣旨により認めうる。)。

1  原告は、被告に対し、昭和五七年一月二九日付け金銭消費貸借契約に基づき、三七〇万円を次の約定で同年二月三日貸し渡した(「本件消費貸借契約」)。

(一) 利率 年九・八四パーセント(月〇・八二パーセント)の割合

(二) 元利金返済方法

(1) 同年三月一二日から同七二年二月一二日まで、毎月一二日限り二万二三六一円宛

(2) (1)の他、同五七年八月から同七二年二月まで、毎年二月及び八月の各月の一二日限り各一〇万三一三五円宛

(三) 遅延損害金 元利金の返済を遅延した場合には、約定返済日の翌日から年一四パーセントの割合

(四) 期限の利益喪失

被告が債務の一部でも履行を遅滞したときは、原告の通知、催告などにより期限の利益を失う。

2  被告は、昭和六一年七月一二日以降別紙債権額計算書(「計算書」)のとおり、割賦金の支払いを怠ったので、原告は、昭和六一年一二月二八日到達の書面で右支払いを催告し、遅くとも昭和六二年一月一二日の終了により期限の利益を失った。

3  その結果、被告の原告に対する債務は、計算書のとおり、合計三三七万七六四八円及び内金(元本及び利息)三三五万七六四四円に対する昭和六二年一月一三日から支払い済みまで年一四パーセントの割合による遅延損害金となった。

4  その後、原告は、平成二年二月一六日、債務者を被告とする津地方裁判所伊勢支部昭和六三年(ケ)第一一六号不動産競売事件において、一二三万七七三六円の配当金を受領し、これを被告に対する本件貸金債権元本三一三万五七八五円に充当し、さらに、平成二年七月一八日、本件の連帯保証人である共栄建設株式会社(「共栄建設」)から、一〇四万円の弁済を受けたので、これを残元本一八九万八〇四九円の内金に充当した。

5  よって、原告は、被告に対し、消費貸借契約に基づき、

(一) 合計金二六八万〇〇七八円(内訳、貸金残元本金八五万八〇四九円、約定利息金二二万一八五九円、約定遅延損害金一六〇万〇一七〇円)及び

(二) 内金一〇七万九九〇八円(貸金残元本金と約定利息金)に対する平成二年七月一九日から支払済みまで年一四パーセントの割合による約定遅延損害金

の支払いを求める。

三  抗弁(売買契約無効の抗弁の対抗)

1  被告は、昭和五七年一月一三日、株式会社協栄ホーム(「協栄ホーム」)と共栄建設から、共栄建設の所有する三重県志摩郡阿児町甲賀字水開一三〇七番一二三(山林一八八平方メートル、「本件土地」)を代金五六四万円で買い受けた(「本件売買契約」)。

2  本件売買契約は、右協栄ホームらが殆ど価値のない山林を、知識、経験の乏しい被告に対し、「将来、必ず値上がりする。」、「数年後には責任をもつて転売するか、買い取るかする。」と偽って、八年経過後でも四分の一以下の価値しかないという時価に比し著しく高い値段で売りつけた悪質な土地売買で、暴利行為に当たり、公序良俗に反し無効である。

3  本件消費貸借契約は、右売買契約に基づく代金支払いのためにされたものであり、本件売買を可能にした最大の要因である。

共栄建設や協栄ホームにとって、原告のような金融機関と提携ローン契約を締結することは、購入者に信用性を示し販売を促進するうえで有用であり、他方原告にとっても購入者に融資を行い多大な利益をあげるもので、両者は経済的に極めて密接な相互関係を有している。しかも、融資手続的にも、原告は、共栄建設や協栄ホームに購入者の面接、契約の締結も任せるなど、同人らに少なくとも原告の代理人的活動をすることを許容している。

4  また、このような密接な関係にあるので、原告は、提携ローン契約を締結するに際し、事前に提携先を調査し、その後の業務遂行についても、違法な営業行為をチェックし、顧客に情報を提供し、必要あれば経済的一体性を解消し、顧客らが不測の損害を被らないように配慮すべき義務がある。

しかるに、原告は、共栄建設らの違法な営業内容を知りながら、又は金融機関として十分な調査を尽くせば容易に知りえたのに、これを怠ったものである。

このような原告が自身の義務違反を差し置き、調査能力もなければその手段も有しない被告にのみ義務の履行を求め、本件のリスクを被告に転嫁するのは公平を欠く。

5  以上のような事情のもとにおいては、両契約は、実質的には一体のものというべく、本件売買契約の無効は、本件消費貸借契約の無効事由となるし、そうでないとしても、信義則上、被告は、売主である協栄ホーム及び共栄建設に対して主張できる本件売買契約の無効を原告との関係においても主張しうるというべきである。

また、本件のようなローン提携販売についても、割賦販売法三〇条の四の抗弁対抗の規定の類推適用を認めるべきである。

三  争点

抗弁の当否(売買契約が無効か、そうだとしてこれを原告に対抗できるか)

第三争点に対する判断

一  ≪証拠≫及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  (本件売買契約の締結)

昭和五六年一一月ころから、協栄ホームの販売担当者が二回にわたり架電したうえ再三訪問し、不動産取引に不慣れな被告に対し、「本件土地は値上がりする将来性のある土地である。今は安く手に入り将来は別荘としても、二階建ての家を建てることができる。近いうち道路も舗装され近くに旅館やプール等の施設もできる。」とパンフレットを示しながら申し述べ、本件土地の購入を勧めたが、少なくとも近くに旅館やプール等の施設ができる具体的な予定はなかった。

被告は、金がないと断っていたが、融資により分割払も可能と聞かされ、ついには執拗な勧誘により右担当者の言を信じ、現地を確認することなく、投資目的で、昭和五七年一月一三日、協栄ホームから、本件土地を代金五六四万円で買い受ける旨契約し、翌一四日までに手付金、中間金等を支払った(甲七六、乙八、一〇の2~4)。

右土地は以前は共栄建設の所有であった(乙二〇の3)が、協栄ホームの方から売らせてほしいという要望があり、共栄建設から協栄ホームに一旦売却しこれを被告に売り渡すということになり、登記上は中間省略登記をすることになった。

2  (本件土地の状況)

本件土地は、近鉄志摩線鵜方駅の南東約四・五キロメートル、国道二六〇号線の北方部、緑が丘住宅団地の北側背後の丘陵地帯に位置する別荘開発分譲地の一画である。地域内には、幅員約五ないし八メートルの側溝付の道路があり車両通行可能な状態にあるが舗装はされておらず、町営上水道はなく造成工事は未完で放置されたままになっており、現在も建物の建築がなく殆ど原野ないし山林化している。本件土地は、北西側幅員約六メートルの未舗装道路に接面し、この接面道路より高く、西向き緩傾斜する間口一一・三六メートル、奥行一八・八五ないし一九・六〇メートルの略長方形状の画地である(甲五一、乙二一の一)。

右土地の評価額は、昭和六三年八月二九日時点で金一二九万円(甲五一)、本件競売の際の評価人による鑑定評価額は平成元年五月一八日時点で七七万円であり、平成元年一一月二二日代金一三七万一七二三円(甲九四)で競落された。

3  (本件消費貸借契約の締結及び借入申込手続等)

右売買に際し、被告は、残代金三七〇万円の融資を原告から受けることとし、昭和五七年一月二二日付協同住宅ローン借入申込書(甲三七)を作成し、原告の審査を経て、同月二九日本件金銭消費貸借契約証書(甲三三)を作成し、同日、右貸金債権を担保するために本件土地に抵当権を設定した(甲三四)。

原告は、同年二月三日、被告の代理受領承認依頼に基づき、共栄建設の当座預金口座に、農林中央金庫を通じ本件貸金三七〇万円を振り込み入金し(甲三六、三八)、この借入金で共栄ホームへの残代金の支払がされた。共栄建設は右金額から約七パーセントの保証料を控除し、残金で以て、協栄ホームに対する売買代金を精算した。

協同住宅ローンの申込の手続は、購入者が売買契約を締結すると協栄ホームにある所定のローン申込書に印鑑証明書、住民票、所得証明書、給与証明書などを添付して協栄ホームを通じ共栄建設に提出し、これを共栄建設が内容を確認のうえ原告に持参し、原告が購入者に購入、借入の意思等につき確認をとり返済能力等を審査し、原告の貸付承認があると、共栄建設は協栄ホームの事務所で本人面接を行い、確認し、金銭消賃貸借契約書、代理受領承認依頼書及び抵当権設定契約書を作成し、金銭消費貸借契約書には共栄建設が連帯保証人欄に記名押印をして原告に持参するというもので、本件の場合については原告に代わり契約書の作成、面接等を担当したのは共栄建設の当時の業務課長であった花見勝であった。

4  (協同住宅ローンに関する協定書)

右に先立ち、原告と共栄建設とは、昭和五四年一二月一九日「協同住宅ローンに関する協定書」(甲四一の1~4、「本件協定書」)を締結し、その後も更新した。

その内容は、大略、①原告は、共栄建設が販売、仲介する土地、建物又は共栄建設が請負建築する建物の購入者に対し、共栄建設と協議のうえ定める融資総額の範囲内で、「協同住宅ローン融資要領」に基づき、その購入代金を貸し付ける、②共栄建設は、購入者に対し原告の融資を斡旋、紹介し、借入申込書等を受領した場合は、内容を点検のうえ原告に取り次ぐ、③原告は、右取次を受けた借入申込について、速やかに審査のうえ、融資の可否を決定し、共栄建設及び購入者に通知する、④原告は、購入者の委任に基づき、共栄建設に対し貸付金の代理受領を認める、というものである。

5  (協栄ホームとの関係)

共栄建設と協栄ホームとは、他方が一方を支配しているとか資本提携しているなどの関係はなく、それぞれ別個の会社であるが、昭和五三年ころ、協栄ホームから共栄建設所有の三重県伊勢市所在の土地を買いたいということで関係を持つにいたり、協栄ホームは、その後も共栄建設の土地の販売をするようになった。

しかし、協栄ホーム自身は提携ローンを組む要件を充たさないので、販売の促進のため、協栄ホームの販売物件も本件協定書に基づく融資の対象として取り扱ってもらいたいとの要請に対し、共栄建設はこれまでの協栄ホームの販売実績に照らし、提携ローンを組んだうえ融資について連帯保証することを了承し、保証料として販売価格の平均約七ないし一〇パーセントを取得することにし、原告も、共栄建設が責任をもって売買契約を確認した上で借入申込を原告に取り次ぐということで右融資を取り扱うことになった。原告は、共栄建設の言を信じ、協栄ホームにつき格別の経営状況等の信用調査をすることはなかった。本件融資は、右取扱に従って行われたものである。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  右認定事実に基づき、抗弁につき判断する。

1  先ず、本件売買契約が公序良俗に違反するかにつき検討する。

本件売買契約の趣旨は、必ずしも明らかでないものの、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、単に山林としての売買でなく、近い将来付近一帯が開発される予定のある造成中の土地の売買と解されるところ、確かに協栄ホームは被告に対し、売買契約の七年経過後であっても時価の約四倍もの値段で売却したものではあるが、本件土地等の造成工事も担当していた協栄ホームが倒産せず造成工事を当初の予定どおり完成していたら本件土地も相当の価値が存したことは推測に難くない。

しかし、甲四三の1、2及び弁論の全趣旨によれば、右協栄ホームは本件以外に多数の類似の取引を行ない、本件売買契約の直後である昭和五七年二月ころに倒産し、その結果本件と同様なトラブルを多発させていることが認められ、他に特段の事情の点につき立証がないから、少なくとも、時期的に極めて接着している(同年一月一三日付け契約)被告との関係では、協栄ホームは自ら倒産に到ること即ち造成工事を完成できないかもしれないと知りつつ本件売買契約を締結したものと推認することができる。もっとも、甲一〇三の1、2及び証人有本武史の証言によれば、昭和五六年一一月二五日の時点で原告の担当者である右有本が造成工事の進捗状況を現場で確認しているものの、その後間もなく右工事は中断されていることに照らせば、このことは右推認の妨げにはならない。そして、協栄ホームは、前記一1認定の被告の軽率・無経験等に乗じ執拗かつ一部虚偽を含む勧誘により本件売買契約を締結させたことも併せ考えると、本件売買契約は暴利行為に該当し無効というべきである。

2  次に、右売買契約が暴利行為として無効だとして、本件のようなローン提携契約の貸主である原告に対し、被告が右無効を対抗して貸付金の返済を拒めるか検討する。

(一) 本件売買契約と本件消費貸借契約とが、経済的、実質的に密接な関係にあることは否定できないとしても、法律上別個の契約であることはいうまでもなく、また、前記のとおり、原告は独自に個々の融資の可否を調査、決定できる立場にあり、現にそのようにしているのであるから、両者は実質的にも別個の契約であることは明らかである。

(二) 被告は本件のようなローン提携販売にも改正後の割賦販売法三〇条の四第一項の抗弁接続の規定の適用ないし類推適用があると主張するが、割賦購入あっせん以外のローン提携販売についても右規定が類推適用されるかはともかく、本件の商品は土地でありいわゆる指定商品の売買でないうえ、本件はそもそも改正法施行前のものであるから、被告の主張は失当である(改正法附則六項)。

(三) そこで、原告と被告との間で、売買契約の無効等の場合、履行請求を拒める旨の特別の合意があるか、又は原告が右無効に至るべき事情を知り、知りうべきでありながら貸付を実行したなど履行請求を拒める信義則上相当とする特段の事情があるかどうか(最高裁昭和五九年(オ)一〇八八号平成二年二月二〇日第三小法廷判決参照)を検討するに、右特別の合意を認めるに足りる証拠はない。

確かに、原告は、共栄建設及びこれを通じての協栄ホームとの提携関係により経済的にも、融資手続の面でも便宜を受けていること明らかであり、また右融資に際しても、独自の立場で本件物件の担保価値を算定することなく(本件土地については甲四四のような共栄建設の側からの鑑定評価書は提出されていない)、融資の連帯保証人でもある共栄建設の資力をあてにしていた面もある(甲八九)。さらに、協栄ホームとも密接な関係にありながら、前記5のとおり、その営業活動、信用度について独自に調査した形跡も窺われない。

しかし、他方、甲四三の1~3によれば、本件当時には未だ協栄ホーム又は共栄建設と購入者とのあいだに格別のトラブルはなく、前記二1のとおり原告の担当者も一応本件土地の周辺を現地調査し、当時協栄ホーム等により造成工事がされていたことを確認していることが認められ、これらの事実等からすると、原告に協栄ホームの活動状況の把握等につき不十分な点があったとしても、本件売買契約の無効に至るべき事情を知り、知りうべきでありながら貸付を実行したなど履行請求を拒める信義則上相当とする特段の事情があるとまではいえないというべきであるし、他に右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

3  よって、被告の抗弁は理由がない。

(裁判官 金光健二)

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